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大学に行かなくても博士になる方法

夢をかなえて幸せになろう!


運が良かったのか?
それとも何か工夫したのか?
人生、不思議と自分の夢が現実になる!

書き直しながら、ぼちぼち進めます。
(最近忙しさにかまけて更新してませんでした!)

第1章 プロローグ〜夢〜

 1.1 プロローグ〜夢〜

   子供のころは博士になりたいなんて、全く考えてませんでした。しかし、何故?博士を取得できたのか?人一倍勉強して努力をしたのでしょうか?いい え、そうではありません。上司からも言われたのですが「ツイている」としか言いようがありません。運も実力のうちと言いますが知らず知らずにラッキーなこ とを実践してきた様です。こういったノウハウを少しお教えしえできればと思います。

 1.2 幼少の頃

   昭和40年頃、もの心がついたときには、我が家には白黒TVがありました。鉄人28号やアトム、ウルトラQを見てはこの箱ってアニメとかドラマを 作ってくれてすばらしい魔法の箱だな?と思っていました。捨てるときに真空管が箱の中に入っているのを見ました。以前から箱の中のオレンジ色がちょっと気 になっていました。ですから原理は全くわからなかったのですが、それが真空管であるとわかりました。

   白黒TVはそのうち古くなったためかカラーTVになりました。大阪万博などはカラーで見た記憶があります。また、親が新しもの付きだったせいか我が 家には、当時、個人では珍しくテープレコーダがありました。録音再生ができるこの箱にもとても興味がわいてきました。そんな環境で育った私は電気がとても 面白いことを伝えてくれる魔法のエネルギーであることを知りました。

   子供のころから好奇心旺盛であった私は、大人になっても「何故?」と純粋に考える自分を大事にしなくては!と思うようになりました。「何でも当たり前のことだろ!」と行ってはいけません。好奇心からアイデアは生まれるものです。

 1.3 こころざし

   電気が大好きな私は中学生の頃はエレキギターに凝って、バンドまで作って文化祭に出ました。当時の技術家庭の先生がエレキギターの演奏を許可してく れ実現しました。また、技術家庭の中では、トランジスタラジオの原理を教えてくれました。ここで初めて小学校の頃に不思議な箱の真空管のことも少しづつ理 解できるようになってきましたきました。

   高校に入ってからは、趣味でアマチュア無線を毎日しておりました。これがきっかけでプロの通信士の専門学校に行きました。船舶通信士になりアマチュ ア無線で交信した国々に行ってみたいと思う衝動にかられました。両親には何も言わず、お金のかかる趣味や勉強をさせてもらったことが、大きな刺激になりま した。それは、身をもって体験する楽しさを覚えることとなりました。

   「南極に行かせてやるぞ」という名古屋の某通信士養成専門学校の学院長がお世話くださり、就職先が東京の「郵政省○○研究所」になりました。そもそ も船舶通信士になりたかったので、世界中に行かせてもらえる可能性の高い職場は大歓迎でした。しかも、南極観測隊に参加させてやるぞ!と言われれば私に とってはこれ幸い!でした。

   しかし、周りは東大、京大、東北大出身と言う凄い職場です。その様な職場環境の中でカルチャーショクみたいなものがありました。大学も出て いない自分が研究所に勤めていて良いんだろうか?そう言う思いは、最初からありました。2部の大学に通おうかと思っていたらすぐに沖縄転勤、東京に帰った ら南極行きが決定しました。そして結婚、子育て、あっという間に25年たちました。しかし、コンプレックスというか研究所で論文を書かなくちゃ!と言うプ レッシャーも働き、2度目の南極越冬で良い成果が上げられたことがきっかけになって、学位取得(博士)へと道がつながりました。いつかは、望みはかなうも のです。

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第2章 アイデアで勝負!余計な勉強はしない

 2.1 ゆくは博士か大臣かとはいうけれど

   博士になるからと言って私は人一倍勉強してなったとお思いでしょうか?ゆくは博士か大臣かとはいうけれど大臣と比べて、博士は遙かに普通の人です。 明治時代なら大臣と博士の数は同じ様な割合だったかもしれませんが、今は大臣の数は10数名でしょうが博士は何十万人いるのでしょうか? 博士はちょっと考えてみてもいかになりやすい肩書きであると想像がつきます。弁護士の方が遙かに少ないですね!


 2.2 アイデアで勝負!
   冒頭に「アイデアで勝負!」と書きました。アイデアがなければどんな事でもできないと思いま すがアイデアを発揮するには、余計な情報を入れない方がよいです。すなわちセオリー通りやっていたら世界で初めての論文ではなくなってしまうからです。あ の長嶋茂雄さんは、他の人のバットでもホームランが打てたそうだですが、論文を書くさいも似たような感覚があります。人のまねをしていては、独創的なアイ デアは出てきません。それを引き出すために他の論文を読む必要性はりますが、あまりそれらに振り回されない方が良いかと思います。余計な勉強はしないと書 きましたが情報の蓄積は必要です。それらを上手く引き出すためにある程度の時間の余裕とリラックスをする必要があります。そうする事により脳からアイデア を引き出すことができます。

 2.3 他力本願で行く
   私は、大学へ行く環境がなかったこと、加えて学力では劣っていたことが障壁(コンプレックス)になっていました。そこで、論文を書くためにどうした かと言うことをお話しましょう。知識は誰にでも必要です。私にも少々得意な分野があります。第1章で書いた無線や電気の知識です。好きな分野をのばし、そ れをおしみなく出すと言うことです。すなわち、相手にとって不足がちな知識や行動力で補うのです。誰でも得意なところ不得意なところがあります。研究者も 普通の人です。少し違うと事と言えば、博士課程の研究者は大学の研究室に残って課程を長く勤めていると、それに狭い分野に深く入り込む傾向があります。そ うした場合、どこかで別の得意な分野の人に助けてもらう必要性が出てきます。そうした時いかに頭を下げてお願いすることができるかどうかにかかってきま す。

 2.4 チャンスは逃すな
   正直に言って、良く博士なんぞになれたものだと思う。ラッキーとしか言いようがない。しかし、少しづつ積み上げられたものが形になって達成できた様 な気がする。そこには、助けてくださったたくさんの方々もいましたし、足を引っ張ってくれる人もいました。私は、両方の方々に感謝しています。すべてので き事をふまえて博士の重みを感じています。思い起こすと最初の論文から10年の月日がたちました。でも、着実に一歩一歩チャンスを生かしながら進めた様に 感じます。博士号を授与し少し経ってから思わぬ方々から「おめでとう」をたくさんいただきました。これには大変驚きました。その思わぬ方々は、ほとんどが 博士取得者であり、ここで仲間の一人として迎えてくれたのだと自負しました。ここでも博士の重みを強く感じました。

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第3章 コンプレックス

 3.1 山登り
   第2章でも話しましたが、コンプレックスすなわち障壁は、自ら勝手に決めるものです。最初からあきらめてしまっていてはどんな山でも登り切りませ ん。高い山は、昇のに時間があかかるか一生懸命早く登らなくては到着しません。毎日、自分の行ける所まで昇る。明日も同じそのまた翌日も同じ様に一歩づつ 進むのです。時折、ロープウェーがあって思ったより早く上れたりもします。私の場合は、頂上の近くにロープウェイーがありました。最後は早く上り詰めまし た。今、こうして頂上から見てみると山の高さにビックリしています。でも、他の山はこの山よりももっと高いのです。博士になるのも人生の一つの山を制覇し ただけにすぎません。最後は天までいっちゃいそうですが、あきらめたらそこで終わりなんでしょうね。

 3.2 課程博士と論文博士
   一般的には、大学に残って修士課程・博士課程と進みますが、そのほかに博士をとる手段として論文博士があります。私は後者の論文博士です。どちらも 取得すれば同じ博士には違いはありません。何処何処大学の工学博士(現在は博士(工学)と記する)と言うぐらいです。学士は何処で取得されましたか?と聞 かれると事情を話さなければなりません。外国に出てしまうと博士の価値は、その人の書いて論文の内容が評価されます。たとえ東大であっても世界の東大では りません。東大でどういうことを研究した人かと問われます。

 3.3 博士のお値段
   博士になるためには前の節で書いたように課程博士が多い、学部の時は学費を納めなくてはならないが修士ぐらいからは、国から奨学金をもらっているの で何とか研究に打ち込めることにはなる。ただし、研究室にあまりお金がないと学会費や学会発表するための費用がかかる。また、博士になるころには20代の 後半か30才に手が掛かってしまいます。人生の1/3はこのために費やすことになる。当然、生涯賃金は減ることになる。私の場合の論文博士は、論文を3か ら5本くらいテーマに沿ってまとまれば審査してもらえます。この論文を書くまでの費用は研究所が学会費以外はすべて出してもらえましたので無料でした。必 要だったのは大学の審査料金56000円ぐらいです。私は、20才から働きましたから収入がありながら仕事の延長沿いで論文を書いて審査してもらうだけで 博士になれたのです。世の中はすべて同じ仕組みの元にできているわけではありません。人が人の価値や資格を決めるのです。

 3.4 博士は博士と言う名の資格試験
   こんな事を言うと怒られるかもしれませんが、博士とは終身免許証だと思うのです。一度とったらずっとそのまま更新無しで一生涯ついて回ってきます。 どんな職業に就こうが名紙には博士(工学)と言ったような肩書きをいれれます。外国に行けばDr. XXXと呼ばれます。それがどうしたと言うわけでもありませんが、生涯その人にくっついてきてしまいます。たとえ、能力があろうが無かろうが肩書きとはそ う言ったものです。よく博士と名の付く方は、社会生活と無関係な独自の世界を持っているようなイメージがあります。しかし、私のような人は広く浅く人間関 係だけで博士になったため、逆にマイナスのイメージがついたら嫌だなと思うこともありました。しかし、現実には博士は、何万人かいるわけですから大してめ すらしくもなく肩書きなどには全く気づかれません。たまに昔からおつきがある方に「おめでとうございます」と言われるときは嬉しいものがありますが…。

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第4章 アイデアはちょっとしたきっかけから

 4.1 アイデアは急にはでてこない
  論文は、新規性がないと雑誌に掲載されません。すなわちレフリーに新規性をアピールしないと認められないからです。とは言え多くの論文は重箱の隅をつついて書くと言うのが一般的です。同じ分野の中でもかなり細分化してこれが新しいと言うわけです。以前に書かれた自分の論文に関連した文献を探してそれとは違うオリジナリティーを書くわけです。よって似たような内容でも少し切り口が違うということを主張するのです。そこで凡人は試行錯誤いろいろ考えてみるのですが、研究しているときに限ってアイデアは出てきません。考えれば考えるほど狭い世界に入りがちです。そういったときは、気分転換に思いっきり違った行動をとることをおすすめします。ハイキングでも良いしお酒を飲むのも良いでしょう。どこか潜在意識の中にアイデアは無いかと考えるセンサーだけは残しておいて別の行動をするのです。例えば花を見て感動した、この花の名前は何だろう、形が変わっていて珍しいな〜とちょっと考える余裕のある時は、その日は疲れて寝ても翌日あたりお風呂に入っていてリラックスしている時にでてきます。別のことの色々な情報の組み合わせで研究のアイデアが生まれたりします。私の経験では、時間を置くことが良いアイデアを発想する上で重要だと思います。

 4.2 忘れる前にメモを残せ
  アイデアが生まれるのには所かまわずのところがあります。電車の中やトイレ歩きながらなど色々なところで思いつくものです。沢山思いついたらメモを取るのが良いでしょう。大きなアイデアはしばらく忘れませんが、小さいのはメモに取る必要性があります。

 4.3 アイデアはシンプル・イズ・ベスト
  シンプルなアイデアほどすばらし研究はありません。誰にでもわかるほどシンプルだけど誰も気がついていなかった。このアイデアにより世の中にとても役立つ研究論文となった。これがいい!先ほども述べたように重箱の隅をつつくような論文は、怏々にして世間の人には解らない。専門すぎるからです。

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第5章 そして学位審査
第6章 さて、これからどうしよう…


   …疲れたのでちょっとお休み。


お題目や内容は気分で変えます!


次は「つまらない論文をかっこよく見せる方法」でも書こうかな…。と考え中…。